サラリーマンになれなかったフラリーマン
結婚して、数年。
気付いたら、望んで残業するようになった。
帰っても居場所はないから。
愛する我が子はいる。けれども、居心地はすごい悪い。
自分の話をすることはほとんどない。
今日何があって、何を感じたか、聞くことはあっても、話すことはない。
帰り道の公園で、ベンチに腰を下ろす。
午後8時。まだそこまで遅い時間じゃない。まだ妻と子供は起きている。
帰りたくないな。このまま、どこかに行きたいな。
そんな言葉を口にする。
愚痴や不満を受け止めてくれる友人はいない。
ずっと一人。
なんで生きてるんだっけ。何が楽しいんだっけ。
夜空に星が浮かんでいる。きらきら、きらきら。心が荒んでいるからか、綺麗とは感じない。
夜九時を過ぎて、家に帰る。妻は子どもと一緒に寝ている時間だろう。
買ってきた弁当をチンせず、洗面所で食べる。
明かりが少しでも入ると、妻の癇癪に触り、怒鳴ってくる。
「こどもがおきるだろうが!!」
子どもが中々、寝付かないのは、妻がイライラしていて、早く寝ろよというプレッシャーが感じられるからではないだろうか。口にしたら、また、ヒステリックになり、何をするかわからないから、もちろん、声にしない。君の好きなようにすればいい。
洗面所の暗がりで食べるご飯は味がしない。人は舌で味わうとともに、目でも美味しさを捉えているんだろう。暗闇では、口にしたものが何か、わからない。
無言で、急に洗面所のドアを開ける妻。
「いたの?・・・邪魔なんだけど?」
少し避けて、妻を通す。
イラっとするけど、顔には出さない。そんな態度や言葉はおかしいと、自己弁護しない自分も悪いのだろう。
夫婦は話し合いが大事です。思いやりが大事です。
話し合う前に、思いやる前に、人の人格を否定する悪態の数々には、それは無意味です。
フラフラ、足取りが重いサラリーマン。
帰り道、家に帰りたくないサラリーマン。
子どもは愛くるしいけど、妻の悪態の前には霞んでしまうサラリーマン。
帰宅恐怖症なんです。家に帰るのが怖いんです。
楽しいことってなんですか。幸せってなんですか。
結婚するとなるんですか。築き上げてこなかったのが、悪いんですか。
価値観の違い。育ってきた環境の違い。性差。年の差。
違いはそのまま、お互いの悪いところが目につき、それを執拗に追及する。
息苦しい。上手く呼吸ができない。家に帰り、妻の顔を見ると、体が緊張する。
平日よりも、家に長くいる土日の方が疲労がすごい。
僕の体調は、金曜日に一番よく、月曜日に悪い。土日で疲れ切って、平日に心を休めているからだ。
何年か前の自分の姿に同情を隠せない。
2度ほど、疲労からくる胃腸炎で入院している。その症状が出たのは、結婚してからだ。合わない他人との共同生活は、自分を摩耗して、すり減らしていた。
フラフラ帰るサラリーマン。フラリーマン。君の家はそこじゃないよ。
逃げてもいいんだよ。死ぬぐらいなら。自殺した方がいいな。どこで死のうかな。そんなことを考える毎日なら、全部投げ出して、何も持たずに逃げていいんだよ。
死んだらそこでお終い。死ななかったからこそ、言える、今だから言える。
逃げて、死なないで。ただ、逃げて。立派な夫じゃなくてもいい。家族を支える夫じゃなくてもいい。離れても、子どもを想うことはできるよ。
まだ、うつから復職していない自分だけれども、当時の自分に一言だけ届ける。
「死にたいほど苦しいけど、孤独でひとりぼっちだけど、ただ、死なないで」
一言が長いか。
今は、妻と別居して、テレビのバラエティー番組を見て、笑っている自分に驚いた。
自然と笑顔が出てくるなんて、何年ぶりだろう。
死ななくて、よかったね。