うつ、離婚と休職、35歳のおじさん。

2022年9月から休職しているおじさん。うつになって、離婚(予定)し、0歩進んで2歩下がる日常を送る。

うつになるまでのおじさん。【うつになった理由】

自己紹介

35歳のおじさん。アラウンドフォーティー

好きなものはきゅうりと温泉。

嫌いなものはどこまで剃ったらよいのかわからない足のすね毛。

 

都内で働くも、2022年9月から休職。

2023年1月時点で、復帰の見込みはまだ先である。

 

うつになった理由

おじさんがうつになったのは、次の理由がある。

お家での長年のストレスである。

家で休むことができない。居場所がない。帰っても、疲れる。

妻と呼ばれる人間は、いつも不満げな顔をし、こちらを睨みつける、無視を決め込む。そんな日々も、世のお父さん方の日常であり、漏れなく自分もその世界に足を踏み入れたのだなと感じること、数年。

 

眠れない日が続く。

もう3か月も続く。決して一睡もできない訳ではない。夜中の2時、4時と目覚め、鼓動が早まり、嫌なじめっとした汗をかいているだけだ。

不眠症状。それが何か月も続くと、起きている日中にも影響が出てくる。特に仕事中。

 

  • 仕事中にも関わらず、頭が回らない。
  • 言葉が出てこない。そもそも何が話したいのかわからなくなる。
  • 電話が取れない。窓口で話しても、不自然で怪訝な顔をされる。
  • 腰が痛い。人生で初めての腰痛がする。
  • 首もこる。
  • 全身が鉛をつけているように重い。歩みも遅くなる。
  • 会議の内容が頭に入ってこない。何を発言すべきなのか、何が問題なのかわからない。
  • 最後に「自分なんて生きている価値がない」と繰り返し思う。一日中、何週間も、何か月も。

ぐるぐる思考である。

 

家庭のストレスで緊張状態が続き、休まる居場所がない

仕事のパフォーマンスが極端に落ちる。できていたことが出来なくなる恐怖。

自分はなんてダメなんだ。もっと頑張らないと。もっと努力しないと。

自分の価値なんてない、生きている死んだ方が楽な人間なんだ。

うつになる。

 

簡単だ。

休まる場所がない、居場所がない人間がおかしくなるのなんて、必然だ。

自分を責め、自分の悪いところ探しで忙しい。

きっと周りから見たら、「そんなに自分に厳しくしなくて、肩の力を抜いた方がいいんじゃないですか?」とアドバイスしたくなるだろう。実際、職場の上司にもそれとなくお言葉をいただいた。

性格と環境と人間関係と場所と、自分を形作るものから、取り巻くもの全部が、苦しくて、生きづらかった。「タスケテ」と呟いても、自分を助けてくれる人はいなかった。

だって、その言葉は、周りの人には届いていないから。

 

本来、休める場所の家庭が、逆の作用で、自分を苦しめる場所になっていた。

それが、うつのきっかけである。

 

うつになった世界

うつになると人間はどう変わるのか。

 

色々なものがなくなっていく。

 

まず、『感情』がなくなる。

喜怒哀楽、趣味を楽しむ余裕。テレビやゲームを楽しむ思考。いづれもない。

無色透明で、灰色がかっている。

 

『意欲』もなくなる。

うつになって、休養するようになってからは、ほぼ寝たきりの廃人になる。

一番、うつの症状が如実にでる、急性期だ。大体、1か月程度。自分も1月半は寝たきりで、何もする気が起きなかった。布団と同化し、畳と同化する。

完全に重力に反する行動しなくなる。

 

『現実感』がなくなる。

あれ?仕事にいかなくていいんだっけ。自分って、なにを家でこんなこもりきりなんだっけ?長い悪夢を見ているみたいだ。これまでの人生で、不登校も、引きこもりも経験がなかったので、ニュースが新聞で見た、働けない人のレッテルがついていることに気づけないでいる。現実から逃避している。

 

ご飯も食べますが、味は気にしません。

家事をしないと、妻が嫌な顔をするので、仕方なくしますが、皿洗いをして、ノックダウン。少しの家事が多大な労力となり、体力を根こそぎもっていきます。すぐ寝たきりです。

 

心の絶不調は、身体症状として、表出し、脳の機能低下を起こし、この世界から色を奪います。

 

おじさんの生きづらさ

おじさんはさ、ずっと我慢してきたのだ。

何年間も。

人の人格を否定するパートナーを。

居場所のない家庭を。

ずっと、仕事中に休んでいた。仕事をさぼっていたのではない。精神的に休んでいたのだ。どんなクレーマーでも、どんな厄介な仕事でも。家に帰るといる、モラハラのパートナーに比べれば、気が楽だった。

帰宅恐怖症だった。サラリーマンではなくて、そうフラリーマンの一員であった。

 

家庭で父親としても、夫としても、居場所がないと、段々と自分の存在価値の無さに嫌気がさし、自分で自分を卑下するようになる。

「こんな俺なんか生きててもしょうがないだろ。死んだらホッとするな、ようやく安心できるな」

こんなセリフを仕事からの帰り道で、口ずさんでいた。

 

おじさんは、もう幸せだったころ、楽しかったころの自分をもう思い出せないでいた。